Bousou - Honey.

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甘い、甘い
ギルガメッシュと綺礼がそわそわと落ち着かないことに、どうやら時臣は気付かないらしい。
わざと紅茶の代わりに綺礼が入れたホットチョコレートを、たまにはこんなのもいいねとにこにこしながらすすっているだけだ。時折、茶請けのクッキーやマカロンに手が伸びて、幸せそうに口に運んではおいしいですねと笑うだけ。
たわいない話はほとんど時臣と綺礼の間でだけ交わされ、ギルガメッシュは不機嫌そうに顎髭のある方の横顔を睨みつけているだけだ。彼は、今日が何の日なのか知らないのだろうかとさえ考える。英霊よりも俗世に疎い魔術師のことだ。あるいは、という気がしなくもない。だとすればこんなにもそわそわするのは無駄なことなので、セイバーのところにでもチョコをたかりに行ったほうが意義がある一日になっただろう。
そんなことをギルガメッシュが考えているとも知らずに、時臣と綺礼は会話を続けている。ふいに、ふと思い出したように綺礼が口を開いた。

「ああ、そういえば、師よ」
「なんだい?」
「昨日、帰りがけに渡されたものについてなのですが」

それは、今日と同様なのんびりした一日の終わりであった。教会に帰るという綺礼に時臣は、それなら璃正さんに渡してほしいものがあるといって荷物をもたせたのである。魔術書一冊分くらいの大きさの、しかし重さはそれの四分の一にも満たないであろう代物。包み紙で覆われ中は見えなかった。綺麗に包まれていたから何らかのプレゼントか土産物なのだろうと綺礼は推測していた。

「ああ。ちゃんと璃正さんに渡してくれたかい?」
「ええ、もちろん。父から、ありがとうと伝えてくれと」
「そうか、喜んでもらえたのかな。良かった」

時臣は嬉しそうに笑う。それを渡した時の父の表情も、何やら嬉しげだったのを綺礼は思い出した。しかしそれを開けるところを残念ながら綺礼は見ることが出来なかったのである。夜も遅かったのですでに璃正は寝室にいたから、時臣からの荷物を受け取るとすぐに引っ込んでしまったのだ。だから、余計に気になる。

「あれは、一体何だったのでしょうか」
「うん。チョコレートだよ」

さらりと落とされた言葉に。
驚いたのは綺礼だけではなく、ギルガメッシュもだった。いや、先程からそれを時臣が知っているのか否かで悶々と悩み続けていただけ、彼のほうが驚きは大きかったとも言える。ガタンと音をたてて立ち上がり、ことばにならないのか口をパクパクさせている。

「今日璃正さんに直接渡せないだろうと思ったからね、君に………?どうしたのですか我が王?」
「おっ、おおお、お前、知っていたのか」
「何がです?」
「っ…………」
「彼は、師がバレンタインデーを知っていたのか、と聞きたいのかと」

横から綺礼の助け舟。ああ、と納得したように時臣は頷いた。

「当たり前でしょう。この日本に住んでいて知らない者などいるものですか」

ふ、と微笑む時臣だが、掃除機や洗濯機の使い方すらわからない者の言うことではないだろうと綺礼は心の中で突っ込んだ。

「日頃世話になっている相手に甘い物を贈る習慣のことでしょう?」

案の定間違っている。だからこそ男である彼が同性である綺礼の父親にチョコレートを贈るなどということが起こったわけだ。ついでに言えば、その事実について特にツッコミを入れない綺礼とギルガメッシュも、微妙にバレンタインデーのルールを曲解しているのかもしれなかったが。

「これも、妻と娘が送ってきてくれたものですよ」

と、空気を読まない時臣が指差すのは、さきほどから3人でぽつぽつつまんでいる茶請けのお菓子だ。確かにこういったものは常に時臣の屋敷に備わっているものではないから、ギルガメッシュは珍しいなと思っていたのだ。思っていたのに、それとバレンタインの関係性を疑わなかったなんて。悔しい。悔しすぎる。そんなギルガメッシュの葛藤には気づかないままで、時臣はそれらが包まれていたであろうラッピング用紙を取り上げて、愛おしそうにそのサテンのリボンを撫でている。
しかしこうなったら、後悔よりもすることがあるわけで。

「………で?」

ギルガメッシュは重々しく、出来る限り不機嫌な表情と声を繕って時臣を睨みつける。

「なんですか?」
「こやつの父親にはくれてやって、我にはないわけか?」
「ああ、そうでしたね」

にこりと微笑み、もちろん用意しておりますよと時臣が立ち上がる。だがこのタイミングだ、恐らく忘れていたのだろう…とは誰もツッコまない。ギルガメッシュは不機嫌の仮面の裏でキター!!!と心のガッツポーズを決めているところだったし、綺礼は修行中の3年間1回も貰ったことのなかった初めてのそれに、柄にもなく緊張していたのだ。
立ち上がった時臣は書斎机に向かい、その引き出しから二つの小箱を取り出し、戻ってくる。

「日頃の感謝の気持を込めて。どうぞ、王」
「あ、ああ」
「こっちは綺礼に。いつも色々とありがとう」
「あ、ありがとうございます」

受け取ったギルガメッシュと綺礼は互いを伺う。全く同じ大きさの箱、というか、デザインまで同じだ。まるで宝石箱のような、青いビロードの貼られた箱。
同時に蓋に手をかける。現れた粒は、全く違う色をしていた。
ギルガメッシュの箱には赤の、綺礼の箱には青の、きらきらとした大きな粒が3つずつ。赤は珊瑚、青はラピスラズリのようにしか見えない。それも、普段の時臣ならば手に取らないような粗雑なものだ。

「師よ、これは…?」

想像していたものと全く違う中身に、少々困惑したように綺礼が問う。

「この間立ち寄った店で見つけてね。綺麗だろう?こんな見た目をしているけどね、チョコレートなんだよ」

鼻を近づけて匂いを嗅げば、確かに香るのはカカオの香りだ。こんなものもあるのか、と内心綺礼は感服する。時臣のことだから、高級チョコをベルギーから取り寄せるくらいの想像まではあったが、まさか宝石のようなチョコレートとは。まあ、こんなに大きな箱にたった3粒と考えると、これも相当に高級品なのだろう。だが値段に関係なく、初めて時臣から貰ったチョコレートだ。大事に食べないといけないなと思い、綺礼はもう一度礼を言ってから丁寧に蓋を閉めた。しかしその横では既にギルガメッシュがひと粒を口に放り込んだところで。

「なんだ時臣、少ないぞ」
「それは…申し訳ございません」
「味は、ん、まあいいな。及第点だ。見た目も悪くない」
「ありがとうございます」
「だが少ない。足りんぞ!」

と言われましても、と時臣は苦笑する。テーブルの上を指し示し、

「チョコレートでなくても宜しければ、クッキーなどがございますが」
「我はチョコレートがいいのだ!」

もう、既にワガママ駄々っ子の発言である。困りましたねえ、と苦笑する時臣は、完全にわがままな息子を見守る母親の顔をしていた。男だけど。
そんな時臣をつまらなそうに見やった後、ギルガメッシュの視線は不意に綺礼に向く。その赤の中に何か面白いことを思いついたような色を感じて、綺礼は時臣にばれない程度に姿勢を正した。

「なあ綺礼、たった3粒では足りぬよなあ?」
「………ああ、そうだな」

まだ何をするのかは分からないが、乗っておくに越したことはない。綺礼は一瞬の逡巡の後頷いた。全く、というような時臣の苦笑が濃いものになる。

「そういえば綺礼。我の宝物庫には、先日手に入れたばかりのこんなものがあるのだが」

黄金の輝きが小さく開き、ギルガメッシュの掲げた手の上に何かが2つ降りてくる。白と黒のチューブだった。白い方は柔らかそうだが黒い方は硬そうだ。よく見れば両方とも、商品のラベルが貼られている。

「生クリーム…に、チョコレートソース?」

ラベルを読んだ時臣が首を傾げる。確かに今日はバレンタインではあるが、生クリームやチョコソースで飾り付けるようなケーキがあるわけではない。だが綺礼は、ギルガメッシュの意図を正しく読み取った。

「なるほど。それで我らの大きなチョコレートを飾り付けるということか」
「その通りだ!」

力強く頷くギルガメッシュ。時臣だけが理解できず、きょとんとして目の前のわかり合っている二人に視線を彷徨わせた。

「その…チョコレートはどこにあるんだい?」

最終的に綺礼に目を向け、時臣は尋ねる。問われた綺礼は微笑んだ。それはもうにっこりと。

「何を言うのですか、時臣師。チョコレートならばここにあるでしょう」
「?」

綺礼が手を伸ばしてきて、時臣の髪に触れる。茶色の髪が一束綺礼の大きな手に載せられるのを何気なく見て。その色が、何に似ているのか、に、気付いてしまった。

「───まさか」

綺礼を見つめたままぽつりとつぶやき、視界の端でギルガメッシュが立ち上がるのを呆然と見やる。と次の瞬間、

「!?」

最初に知覚したのは甘ったるい香り、次に知覚したのは頭から額や頬へ流れてくる、冷たくどろりとした感触。恐る恐る触れてみればべっとりと黒っぽい茶の液体が指についた。甘い香りが強くなる。考えるまでもない、これは、先程までギルガメッシュの持っていたチョコレートソースだ。

「え、………?あ、王?何を、」

体を引きたいのに、気づけば綺礼の手がしっかりと肩を押さえつけていて、立ち上がれない。逃げられない!額やこめかみを伝ってチョコレートソースが滑り落ち、顎から髭を伝ってぽたりとスラックスに落ちる。

「何もカニも」

意味のわからないことを言うギルガメッシュは、とても楽しそうな顔をしていた。

「我達は、チョコレートを飾り付けようとしているだけだぞ?」

時臣の頭の上に今度は生クリームのチューブを掲げ、ぐっと力を入れる。固体よりは液体に近い柔らかさのクリームは重力に従って、王を見上げる臣下の頭の上へ落ちる。中途半端な硬さのそれは、先ほどのチョコレートソースよりはゆっくりと顔を伝う。白いどろりとしたクリームが頬や額に落ちる情景はどう見ても別のものを連想さえ、言いようもなく卑猥だった。

「ほうらな。マーブルになった」

にやにやと笑いながら発せられた言葉の意味を、とうとう時臣は理解した。自分の茶色い頭髪と、茶色いチョコレートに見立てているのだ。チョコレートソースや生クリームで汚して(飾り付けて?)遊ぶ、今日はそういう日らしい。趣味の悪いことだと思いつつ時臣が顔をしかめていると、

「先に包みを全部剥がしたほうが食べやすいと思うぞギルガメッシュ」
「それもそうだな」

そんな会話が時臣の頭越しに交わされ、綺礼の指が時臣のリボンタイを簡単に解いた。ジャケットのボタン、シャツのボタンもぷちぷちと外していく。

「えっ!?ちょ、待、綺礼!」
そして時臣はようやく理解する。これはただの遊びではないことを。ギルガメッシュと綺礼は、どうやら時臣をチョコレートとして扱うらしい。飾りつけて、包みを全部剥がして、────食べる?
さあっと血の気が引き蒼白になる時臣のシャツのボタンが、そのタイミングで全て外された。
そしてチョコレートの包みを剥がした二人は舌なめずりをし。

「それでは」
「頂きます」

律儀に手を合わせると、同時に甘ったるいチョコレートへと口を寄せた。

包みを剥がれたチョコレートは、美味しく食べられるのを待つことしかできないわけで。



* * *



「─────で?」
「うん?」
「なんですか、時臣師」

3人並んでベッドの中。疲れきり掠れた声で時臣が、自らに寄り添う二人に問う。
ちなみに時臣は、いつ寝室に移動したのか全く覚えていない。ついでに、先程までのティータイムはまだ3時かそこらだと思ったのだが、いつの間に夜─それも窓から見える月が真上にあるような夜中─になったのかもわからない。

「私は二人にちゃんとチョコレートを用意して…その、チョコレート役だって務めたのに、私には何もないのかい?」

ぴしりと固まったギルガメッシュとは反対に、くすりと笑って綺礼は師の耳元で囁く。

「チョコレートドリンクを作ってさし上げたでしょう?」
「…それだけか?」
「ご不満ですか?」
「………別に。何もくれなかった王よりはマシだ」
「お、我だってな、これを用意してやっただろうが」

振り向いて綺礼の顔を仰ぎ見ていた時臣を引き寄せ、その唇にキスを贈る。先程までの情事とは違う優しいキスの中には味覚としての甘さがあって、時臣は若干顔をしかめる。その甘さの元で、どれだけの無体を働かされたかを思い出したからだ。

「………やっぱり王は許せません」
「なっ」

そして唇が離れると、時臣はくるりと背を向けてしまった。
時臣の肩越しに、これ以上ないまでににやにやとした笑いを浮かべる綺礼と目が合う。同じようなことをしたというのに、何故これほどまでに扱いに差があるというのだろうか。納得がいかない。納得はいかないが、だが。

「お、我が悪かった、から」

へそを曲げるな、と優しく髪を梳いてやれば、胡乱な視線が帰ってきた。

「………ホワイトデー」

そしてぽつりとつぶやかれる言葉。

「ホワイトデーは何かしてくださるなら、許して差し上げます」
「ああ、わかった」

お前が喜びそうなものをちゃんと用意してやろう、と言えば、約束ですよ、と時臣は念を押す。

「ああ」
「ありがとう…ございます」

微笑んだ時臣のその目はすでにとろんとしていて、半分夢のなかに落ちているように見えた。綺礼がその暖かい体を引き寄せ、額に小さく口付ける。

「疲れたでしょう、時臣師。もうお休みください」
「誰の…せいだと………」

小言を最後まで言う元気もないようだ。語尾は小さくかすれて、すう、という吐息の音で終わった。

「…無理させてすまなかったな」
「おやすみなさい、時臣師」

二つの瞼に二つの小さなキスを受けながら、時臣はぼんやりと思う。散々なバレンタインだったし、綺礼も王もろくなチョコレートをくれなかったけれど。二人に抱きしめられ与えられるこの暖かさや優しさが、何よりも甘い甘い、贈り物に感じられるのだと。
それはとても、幸せなことだ。
甘い優しさに包まれて、時臣の思考は夢へとゆったり沈んでいく。






「…で、ホワイトデーには、貴様は時臣師の喜ぶものを用意するのだな?」
「ああ、約束したからな」
「では時臣師にぶっかける用の水飴と生クリームは私が用意すればいいのだな」
「まさに言峰!」
Rシーンは星になりました。

チョコレートソースや生クリームぷれいって超汚れて
後始末面倒そうだなあ
でも食べ物にまみれた時臣師ってとっても美味しそう

 

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