Bousou - Honey.

top  >  text  >  『ひとつの さよなら』
 
 
「時臣」「オークション」という単語に滾って書き殴っただけ

魔術のない世界
雰囲気だけのパラレル
ひとつの さよなら
汚らしい路地裏に、彼の毛皮のコートは酷く場違いだ。
弱々しい街頭の明かりを受けて仄かに浮かび上がる彼は、こんな場所だというのに凛と胸を張って立っている。

「――――本当にいいんだね?」

暗い路地裏で、さらに影法師のように黒い影が口を開く。

「ああ、構わない」

彼は軽く頷いた。
例えば、妻に夕飯のメニューの確認をされた時だとか、娘が遊びに行く許可を貰おうとしている時だとか、商談の相手が妥当な料金を提示してきた時のように、軽い調子で。
背中をまっすぐに伸ばし胸を張って、まるで彼にはなにもやましいところがないようだ。
だが、それもそうだ。彼は、これから彼自身がしようとしていることを、正しいことだと信じているのだから。

「後悔しないのかい」
「するとしたら先日の判断についてさ。それも昨日までに終わらせている」
「……そうか。君がいいっていうなら、僕はそれでいいんだけれどね」

影法師は憐れむような目で彼を上から下までゆっくりと眺めた。
恐らく彼は、その視線の持つ意味に気付かない。

「……それじゃあ、行こうか。準備は色々あるからね」
「ああ」
「最後に、そいつに挨拶をしなくていいのかい?」

影法師がちらりと彼の後ろへ視線をやった。
彼が、振り返る。

「……綺礼」

そして、私を呼んだ。
街灯を背負った彼は酷く儚く見える。
くまの残る目元、一時期よりも痩けた頬。髪や髭は丁寧に整えられているが、その色のくすみは隠しようがない。
ああ、なんと痛ましいことだろう。
サファイアの瞳には影法師の男よりも真っ黒な私が映り込んでいる。

「私の判断ミスで、君にも君の父上にも多大な迷惑をかけてしまった。
 ……本当に、すまない」
「……いえ」

私の短い返答に、彼は弱々しく微笑んでみせた。
資産家で自信家だった彼の顔の上に、ついぞ浮かんだことのない表情。
恐らくは、彼の妻も娘も見たことがないだろう。彼女たちの前で、彼は常に完璧だったのだから。
少しだけ口ごもって、彼は視線をそらす。

「……君には感謝している。葵も凛も、君がいなければ逃げ切ることはできなかっただろう。
 この場所のことも、君が教えてくれなければ知らないままだった」

事業の、突然の失敗。
彼の双肩に圧しかかったのは多額の借金。
暴力的な取り立て屋が毎日のように訪れるので、彼の家族は気を病んでいった。
日々膨れ上がる金額、崩壊していく家庭、終わらない負の連鎖。
――それを抜けださせるために、私は手を貸したのだ。

「使用人たちの解雇、屋敷と土地の売却、葵たちを禅城へ逃す算段。
 それに、私の身の振り方について。
 君が知恵を貸してくれたからもう、ほとんど負債を返すことができた」
「……」
「ありがとう、綺礼。――全て、君のお陰だよ」

そして、彼は笑んだ。
全てを失った男の表情とは思えないほど、その笑顔は華やかで。
眩しくて、私は目を伏せる。

「……貴方ともう会えなくなるのは、悲しいです」
「私もだよ、綺礼。君と過ごした三年のことを、私は忘れない」

でもきっとまた会えるさ、と彼は言う。

「私は、頑張るからね。できるだけ、高く買ってもらうから。
 金なんてすぐに返し終わって、そうしたら君に会いに行くよ」

影法師の男が無言のままに、手にしていた煙草を地面に捨てた。
砂利ごと煙草を踏み消す音が、彼の声の一瞬の隙に滑りこむ。

「……もう、行かなくては」
「……ええ」

彼は半歩ほど後ろに下がって、私を食い入るように見つめた。
そのサファイアの瞳の中に、私の姿を焼き付けるかのように。

「中に入ってくれるかい。君の準備をするために待っている奴らもいるんだからさ」

影法師の声に、彼は一つ頷く。
そしてもう振り返ることはなく、歩いて行ってしまった。
影法師の後ろの建物の汚れた扉を開けたときだけ屋内の明るい光があたりに散らばり、そして彼が後ろ手に扉を閉めればまた、暗闇の支配する場所になる。

「……」

私は、暫く彼の姿を飲み込んだ扉をじっと見つめていた。
誰も出てこず、何の音も聞こえない。
この扉の向こうで、彼は今どんな表情をしているのだろう。

「……君も、去ったらどうだい」
「……」

私は影法師を見る。
その男は私の方を見ることもなく、ぼんやりと路地の奥を見つめながらもう一度口を開いた。

「もう、さっきの男がここから出てくることはないよ。わかっているんだろう?」
「……ああ」
「だったら去ってくれ。商売の邪魔だ」
「彼はこれから、どう扱われる?」
「……」

影法師は顔を上げ、嫌そうに鼻を鳴らした。

「まあ、まずは服を剥かれるね。それから健康状態をチェックする。
 彼の場合はどう見ても肉体労働向きじゃないから、その後は磨きかな。
 できるだけ綺麗にしてからの方が高値が付くだろう?」
「……」
「順番が来たら、番号札を首からかけてお立ち台に登らされる。もちろん裸のままだ。
 それから、ぎっしり入った客達が彼に値段をつけ始める。
 随分な高値が出ると思うよ。今日は、ああいう美人はあんまりいないんだ」
「……」
「客の要望があれば、壇上で何かさせたりっていうこともあるだろうね。
 歌声が聞きたいとか、どれくらい早く走れるか見たいとか。
 商品が女なら、尻や胸を良く見せろという下衆も時々いるね。セックスドールを探している気分なんだろうさ」
「そういう客が、彼を買う可能性もあるのか」
「可能性だけならいくらでも。
 5歳の子供の誕生日に、何でもいうことを聞く奴隷を与えたいって親も見たことあるし」

いつの間にかまた火を付けていた煙草を吸い、影法師は煙を吐く。
薄く濁った空気と夜の闇に紛れ、それを目で追うことはできない。
さあもう行ってくれと重ねて言われ、私は踵を返すことにした。

「……なあ」

そんな私の背に、影法師が語りかけてくる。
追い払おうとしたり呼び止めようとしたり、訳の分からない男だ。

「さっきの人さ、ここがどういう場所なのか知っているのか?」
「……」
「元貴族だって話だけど、何故そんなに急に金を失ったんだい?」
「……」
「『遠坂』なら僕も聞いたことがあるよ。随分慎重だって聞いていたんだけれどね」

ああ、そうだ。彼はとても慎重だった。
だからこそ築いた富。
あれは先祖から受け継いできたものを、慎重に着実に増やしていった結果だ。
彼は慎重で、勉強熱心で、とても出来た人物だった。

「……彼は、誰かに嵌められたんじゃないかい?」
「……」
「彼は、随分と君のことを信頼していたようだね」
「……」
「…………君、今自分がどんな表情をしているか知っているかい?」
「……生憎と、鏡がないものでな」

そう答えて、私は今度こそここから去ることにした。
遠ざかる薄汚れた建物。いくら耳をすませても残念なことに中の声は聞こえない。
だから私は思い描く。
コートもその下のスーツも全て剥ぎ取られた彼が、安っぽい光に照らされて壇上に立たされる姿を。
恐らくはいつものように胸を張って、客席をあのサファイアで睨みつけるのだろう。
金額は釣り上がるだろうか。それとも彼の思うようには上がらないだろうか。
会場の熱気に気圧されて青ざめるだろうか。下衆な男のリクエストに答えて、尻をみせつけたりするのだろうか。
どんな人が彼を買うのだろう。どんな風に彼は扱われるのだろう。そして彼は、何を考えるのだろう。
ああ、なんと痛ましいことだろう!


――私は、私の口元がどうしようもなく歪んでいることを、自覚していた。
実は全部綺礼が裏で糸引いてた系のマボワが大好物です!(満面の笑顔)
あと守衛(?)は切嗣くんでした。

カフェの時臣誕の時に飾られてたクレイが
チャリティオークション出るって話を聞いて、
なんか一部の単語だけつまみ食いしたら
妙に萌え滾ってしまいました。

時臣師を競り落とせるって響きがものすごい。

 

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